2025.12.11
「中小M&A市場改革プラン」の方向性と留意すべきアドバイザー選定のポイントとは
M&A
事業承継

目次
1. はじめに
中小企業庁が「中小M&A市場改革プラン」を2025年8月に公表したことをご存じでしょうか。
中小M&A市場改革プランとは、事業承継ニーズの高まりや、M&Aトラブル増加を背景に、中小企業庁がこれまでの取組の振り返りと現在の状況を踏まえ、M&A市場の改革に向けた今後の施策の方向性を示したものです。
M&Aトラブルの典型例として、経営者保証が外れないまま取引が進み、売り手経営者が想定外の債務リスクを負ってしまう事案等(ご参考:弊社コラム経営者保証が外れない!?中小M&Aの落とし穴と対応策 )もあります。こうしたトラブルの背景として、品質の低いM&A支援会社の増加を懸念する声も広がっており、包括的な改革に向けた検討が進められています。
本コラムでは、中小M&A市場改革プランの方向性をわかりやすく整理しつつ、M&Aトラブルを防ぐために留意すべきアドバイザー選定のポイントも紹介していきます。
2. 施策は、譲り渡し側・中小M&A市場・譲り受け側の3軸
中小M&A市場改革プランは、事業承継・M&Aに係る状況について、「M&A支援機関が増加する中で、その支援の質が十分とは言えないという声も聞かれるようになった」と明記しています。こうした実態を踏まえ、中小企業庁は市場の健全化に向けた施策を進める方針です。
施策は譲り渡し側・中小M&A市場・譲り受け側の三つの視点で整理し、それぞれで具体策を講じる構成としています。

2.1 譲り渡し側に係る施策
譲り渡し側に係る施策として、事業承継の不安を解消するための広報強化、経営者保証の解除又は譲り受け側への移行に関する実務慣行の定着や最終契約のひな形の改定などが挙げられています。昨今、顕在化している「保証が外れない」ことに起因するトラブルについては、本改革プランでも重視すべきポイントであり、譲り渡し側に係る施策だけでなく、各施策において横断的に明確に位置づけられています。
2.2 中小M&A市場に係る施策
支援品質の向上に向けた課題として、アドバイザー個人レベルでの質の担保・向上を図っていく必要があると記載されています。様々な施策が記載されていますが、その1つとして、スキルマップ、資格制度の創設検討等が記載されています。こちらについて詳しくは、本コラム第3章「中小M&A市場に係る施策の重要ポイント」に記載しています。
また、M&A支援機関登録制度のホームページ上の開示情報に各支援機関の手数料体系の他、新たに業務の内容の詳細や成約実績などを追加し、複数の登録支援機関間で比較可能性が高まる形で参照できるよう改修すべきとも言及されています。なお、M&A支援機関登録制度では、登録支援機関に毎年度の実績報告(件数・譲渡価額・報酬等)を求めており、当該情報の集計結果はホームページで公表されています。各社の実績報告は集計されており、中小M&Aの株式譲渡額の分布等も確認できます。中小M&A GL違反等が発覚した場合は、登録の取消しが行われ、違反者の氏名が公表されることになっています。

2.3 譲り受け側に係る施策
譲り受け側については、複数回のM&A(グループ化)の推進、PMIへの支援(事業承継・M&A補助金においてPMI推進枠の創設)、そして支援機関による優良な譲り受け側の買いニーズ発掘を促進する方針です。
3. 中小M&A市場に係る施策の重要ポイント
本章では「中小M&A市場における施策」の中で、特に重要と思われる点について解説します。
3.1 スキルマップで示された要素
中小M&A市場改革プランは、「新規参入のM&A支援機関が多く、知識・能力の向上が課題」と指摘し、アドバイザー個人レベルでの質の担保・向上を図っていく必要性を明記しています。
具体的には、中小M&A専門人材(個人)向けスキルマップを公表し、アドバイザーに求められる要素を以下の通り体系的に整理しています。
- 使命:事業の継続及び成長の実現に貢献し、国民経済の発展に寄与する
- 倫理・行動規範:善管注意義務、支援の質の向上、利益相反の防止、等
- 知識・スキル:知識は①M&A実務、②ビジネス、③会計、④法務、⑤税務、⑥情報。スキルは①対業務、②対関係者。
- 中小M&A取引遂行力:交渉・折衝・プロジェクトマネジメント・分析・論点整理・ファシリテーション・コミュニケーション力


また、スキルマップは事前相談からクロージング後までのM&Aプロセスごとに求められる具体的な知識・スキルを詳細にわたって体系的に整理しています。

3.2 資格制度の創設
中小M&A市場改革プランは、上記スキルマップの紹介にとどまらず、資格制度の創設についても言及しています。

同プランでは、「試験科目については実務面の知識に加え、行動規範・倫理といった内容が極めて重要」と明記しています。その上で、上記試験への合格、支援を行うにあたって遵守が求められる倫理規定の遵守(仮に違反した場合には氏名公表等の処分がなされる点も含めて同意すること)に加え、定期的な講習の受講等を要件とした中小M&Aアドバイザー登録制度を創設すべき、とも述べています。
さらに、同プランは、「新規参入のM&A支援機関が多く、知識・能力の向上が必要」との課題認識を示しており、今後、資格制度を含む様々な施策が示される可能性もあります。
3.3 スキルマップが「M&A仲介者」を対象に課した利益相反を防ぐための5つの義務とは
スキルマップで記載されている「倫理・行動規範」に「利益相反の防止」との項目がM&A仲介者を対象とする項目として記載されています。

具体的には以下の項目です。
- 仲介者は、顧客同意に関わらず、その取引において当事者となり、又は自己の利益関係者の代理人とはなってはならない
- 仲介者は、顧客に対し利益相反事項があると判断されるときにはこれを顧客に開示しなければならない
- 仲介者は、どちらか一方の顧客に有利な支援を行い、いずれか一方の利益を不当に害する行為を行わないよう、中立的な立ち位置の確保など、適切な利益相反管理を行わなければならない
- 仲介者は、譲り渡し側、譲り受け側双方の顧客と仲介契約を締結する仲介者であるということを双方の顧客に書面で開示し、承諾を取得すること
- 仲介者は、バリュエーション、デューデリジェンス(DD)といった、一方の顧客の意向を踏まえた内容となりやすい工程に係る結論を決定しない。また、顧客に対し、必要に応じて、士業専門家の意見を求めるよう伝えること
これらの項目はスキルマップに明記されているものの、M&A仲介者は、売り手・買い手双方から報酬を得る「両手取引」を前提としています。そのため、構造的に利益相反が生じます。構造上の問題から、価格はもちろん、雇用条件やM&A条件など交渉全般で中立性を保ちにくい点が課題とされています。
上記の理由から、片側FAを活用して利益相反を避けるという選択を取る事業オーナーも少なくありません。M&A支援機関の登録制度による集計結果には、市場の実態(FAと仲介の利用割合やそれぞれの報酬率の分布等)が示されています。

中小M&A全体のうち、約2割が片側FAによる支援であることが、データで示されています。
4. FA活用による事業オーナーのメリット(アドバイザー選定のポイント)
新興系M&A仲介会社が増加する状況において、片側FAが2割もの支援比率を担っている理由・メリットは以下と想定されます。
- 利益相反の回避
- 仲介会社は売り手・買い手双方から報酬を得る「両手取引」が多く、利益相反のリスクがある。FAは原則一方当事者からのみ受託するため、クライアント利益を優先できる。 - 株価の最大化
- FAは複数の買い手候補先を競わせ、条件比較・交渉を売り手に有利なように戦略的にリードできる。仲介は「仲人」であるため、必ずしも売り手に寄り添った支援が徹底できない可能性がある。 - 取引条件の最適化
- FAは株式譲渡価格だけでなく、経営者保証解除、従業員処遇、表明保証、クロージング条件などを含めた条件全体を設計・交渉する。仲介は買い手からもフィーを得るため、「間をとった判断」を推奨する立場に陥りやすい。 - オーナーに寄り添った専門性の高いサポート
- FAは外部専門家と連携し、DD対応や契約書のリスク検証、取引ストラクチャー設計を支援できる。仲介は専門性よりも若手人材大量採用による開拓力、マッチング力等を強みとする事も多く、若手人材が契約条件や税務面の落とし穴に気づかないリスクもある。
事業承継を検討するオーナー様は、こうしたポイントを踏まえ、M&Aアドバイザーを選定なさることをお勧めいたします。
5. まとめ
- 中小企業庁は中小M&A市場改革プランを通じ、2025年4月に公表した中小M&A専門人材(個人)向けスキルマップへの取り組みを改めて強調した。
- 同庁は、M&A支援機関の増加に伴い支援の質にばらつきが生じている現状を踏まえ、スキルマップにより人材の品質向上と「倫理・行動規範」の徹底を図っている。
- 特にM&A仲介者については、売り手・買い手双方を支援する構造上、利益相反が生じるおそれがあるため、「利益相反の防止」を明示している。
- このため、事業承継を検討するオーナーが片側FAを活用し、利益相反を回避する事例も少なくない。
- FAは、利益相反を生じず、売り手に最も有利な条件を引き出す戦略的交渉を行い、株価を最大化できる。
- さらにFAは、株価に限らず、経営者保証解除、従業員処遇、表明保証、クロージング条件など、取引条件全体を売主に有利な形で設計・交渉できる。
- また外部専門家と連携し、DD対応や契約リスク検証、ストラクチャー設計を支援できるため、潜在的なリスクを未然に防げる。
- 一方、M&A仲介者は「中立性」を求められる立場にあり、売主に寄り添った交渉には限界がある。したがって、売主利益を最大限に確保するうえで、FAの活用は有力な選択肢といえる。
【関連用語】
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