2024.07.02

M&A対価の支払方法「アーンアウト」を知っていますか?【前編】
~多くの国内企業がM&Aで活用!条件付取得対価のメリット・デメリットと利用事例~

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1. アーンアウトとは何か?

 M&A対価の支払い方法で、「アーンアウト」という方法が少しずつ増え始めています。読者の皆様はご存じでしょうか?
 アーンアウト(Earnout又はEarn-out)とは、株式譲渡などのM&A取引が行われた後の一定の期間において、対象会社(又は対象事業)が、予め設定した目標を達成した場合等に、買手が売手に対してM&A対価の一部を後払いすることです(逆にいえば、当該目標を達成しなかった場合には追加の支払はありません。)。目標達成時に支払われる対価の算定方法は予め株式譲渡契約書等に定めておきます。アーンアウトは「条件付支払対価」又は「条件付対価」ともいいます。
 誤解を恐れずに簡単に表現すれば、「将来儲かったら、M&Aの価格を上乗せします」ということになります。売手側からすれば、「この会社は将来儲かるからもっと高く買って欲しい」と考え、買手側からは「儲かるか分からない会社にそんな値段はつけられない」というような主張になります。そのギャップを埋め合わせるために「将来儲かった分は後で値段にプラスしましょう」という発想が、アーンアウトなのです。

 もともとアーンアウトは、米国など諸外国におけるM&Aで発達した実務であり、これまで日本で馴染みのない手法でしたが、近年売手と買手の合意可能性を高める選択肢として注目されており、国内のM&A取引でもよくみられるようになりました。特に将来の事業の進捗について不確実性の高い企業、例えばスタートアップや製薬事業などで活用されています。
 一方で、諸外国と日本の税法は違います。後編で述べますが、アーンアウトを用いると、個人の株式譲渡益の税率が約20%で済むものが最大55%まで増えてしまうというデメリットがあります。また、あまり注目されていませんが、会計処理も日本基準とIFRSでは全くと言っていいほど違います。

 今回のコラム(アーンアウト前編)では、アーンアウトの具体的な内容とその機能を説明するとともに、最近の具体的な事例を紹介します。そして次回のコラム(アーンアウト後編)では、アーンアウトで事後的に受領する対価の、税務上・会計上の取扱い、及びIFRS採用企業に求められるアーンアウトの公正価値評価にも触れる予定です。
 なお、アーンアウトと勘違いされやすい価格調整条項については、弊社コラム『M&Aで損をしないための譲渡価格調整 ~本当に価格調整は必要なのか? 間違いの多いM&A契約の価格調整条項の論点整理~』「3.6 アーンアウトと価格調整条項の違い」をご覧ください。

2. アーンアウトで用いられる指標

 アーンアウトは、対象会社に関する将来の指標(財務指標や非財務指標)に応じてM&A対価を後払いする取り決めです。具体的には、M&A取引の実行後の数年間のアーンアウトの指標の結果に応じて、後払い対価の金額が決まります。
 アーンアウトで用いられる指標は、大きく「財務指標」と「非財務指標」に分けられます。
 財務指標でよく利用されるのはEBITDAです。その他にも、売上高や営業利益、純利益などが利用されることもあります。また、複数年度の平均や合計によりアーンアウトの金額(ペイオフ)が決まるケースもあります。
 一方でアーンアウトで用いられる非財務指標としては、たとえば、製品開発に関するマイルストンの達成や、新製品に関する当局からの認可取得、対象会社サービスのユーザ数、ある一定時点の従業員数などが挙げられます。

3. アーンアウトの機能(メリット・デメリット)

 売主と買主の間で譲渡対価の目線に隔たりがある場合、一定の目標達成を条件に追加のM&A対価を支払うアーンアウト条項を導入することで、その隔たりを埋めることができます。その意味で、売手・買手の合意を可能にする強力な条項といえますが、その他アーンアウトを設けることのメリット・デメリットにも目を配る必要があるでしょう。
 経済産業省「大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書」(2021年3月)では、買収企業及びスタートアップ(売手)双方のアーンアウトのメリット・デメリットが、下表のようにまとめられています。前提として、売主としてスタートアップ、買主として大企業が想定されていますが、この想定に限られない一般的な内容です。

項目買収企業売手
(スタートアップの経営株主ら)
メリット・未知数な事業に対する過大な投資リスクを回避することが出来る
・スタートアップ経営者を留保するためのインセンティブを付与できる          
・一度に多額の資金の支払いを避けられる
・条件を達成すれば、一括で買収資金を受け取るよりも多くの資金を受け取ることが出来る可能性がある(業績向上のインセンティブ効果)
デメリット   ・内容・手続が複雑になり時間がかかる
・適切な条件(業績達成条件、評価期間、買主側の再売却時の対応)を設定することが難しい
・IFRSを適用している場合、公正価値評価にかかる事務負担・コストがかかる
・内容・手続が複雑になり時間がかかる
・売却時に希望売却額の全額を手に入れることができない
・条件が達成できなかった場合、追加での支払を受けることができない
(個人株主の場合税率が増える可能性がある)
(出所:経済産業省「大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書」)
※カッコ内は筆者が追加

 売手(上の表では「スタートアップの経営株主ら」)を対象会社の経営に留保して業績向上インセンティブを与える効果は、買手企業による高値掴みリスク(投資額が過大となるリスク)の軽減と同様に、アーンアウトの特に重要な機能といえるでしょう。
 また、買手企業がIFRS採用企業の場合には、買収時にアーンアウトの公正価値評価が必要となります。なお、上の表には記載していませんが、売手(個人)については、アーンアウトによる収入金額の所得税の取扱い(所得区分)もデメリットになり得ます。これらの論点は、コラム後編(M&A対価の支払方法「アーンアウト」を知っていますか?【後編】)で触れる予定です。

4. アーンアウトの利用事例 ~過去10年の適時開示資料より~

 ここでは、日本の上場企業が過去10年で開示した、アーンアウトを含むM&A取引(の一部)と条件付取得対価の内容をご紹介します。過去から一貫して外国企業の買収によく利用される傾向はありますが、近年では国内企業同士のM&Aにおいても利用されるようになってきました。開示されているだけでもこれだけの数があります。意外に多く利用されていると感じるのではないでしょうか?
 また、アーンアウトの発生の有無やその金額を決める指標としては、売上高・EBITDA・営業利益等の財務指標が選ばれることが多いものの、従業員数、ユーザ数、認可取得や研究開発に関するマイルストン達成の有無といった非財務指標を設定するケースも見られます。

Noリリース日 取得企業被取得企業アーンアウト指標条件付取得対価
(アーンアウト対価)の概要    
12024/3/22㈱エラン      TMC VIET NAM TRADING AND SERVICE JOINT STOCK COMPANY(ベトナム)業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う
22024/3/4YCPホールディングス(グローバル)リミテッドShenkuo Business Partners Limited(香港)従業員数  
売上高
利払前・税引前利益   
株式取得後3年間の被取得企業の従業員数、売上高、利払前・税引前利益に応じて、最大で総額1,783 千米ドルを支払う
32024/2/14ラクオリア創薬㈱ファイメクス㈱各種収入2024年 12 月期から 2028 年 12 月期の各事業年度において、 ファイメクス と 第三者 との契約等から発生した契約一時金収入、マイルストン収入、ロイヤルティ収入及び委受託に係る収入に基づき、あらかじめ定めた算定方法を用いて求められた金額を条件付取得対価として追加で支払う
42023/11/7㈱東京通信グループ㈱テトラクローマ業績被取得企業の今後2年間の業績達成度合いに応じて最大40,000千円を支払う。
52023/9/26monoAI technology㈱ロボアプリケーションズ㈱業績2024年12月期および2025年12月期の2事業年度の業績の達成度合いに応じて、年度ごとに50,000千円を支払う。
62023/8/21NSK America Holdings Inc.
(㈱ナカニシの連結子会社)
DCI International LLC
(米国)
売上高
調整後EBITDA
企業結合後の被取得企業の業績の達成度合い(売上高・調整後EBITDA)に応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
72023/7/11㈱ベクトルOwned ㈱業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
82023/5/12AnyMind Group㈱PT Digital Distribusi Indonesia(インドネシア)業績2023年12⽉期から2025年12月期における業績の達成度合いに応じて、最大250万米ドルを支払う。
92023/4/21YCPホールディングス(グローバル)リミテッドConsus Global Pvt. Ltd. (インド)及び SB Invest Pte. Ltd.(シンガポール)従業員数
売上高
利払前・
税引前利益    
株式取得後12 か月後の Consus 及び SB Invest の従業員数、売上高、利払前・税引前利益に応じて、1,872千米ドルを上限として支払う。また、本株式取得後 24 か月後の Consus 及び SB Invest の従業員数、売上高、利払前・税引前利益に応じて、1,872千米ドルを上限として支払う。
102023/3/30バルテス㈱㈱シンフォー業績2024年1月期から2026年1月期における業績の達成度合いに応じて、最大375,000千円を支払う。
112023/2/27㈱ジーニーZelto,Inc.(米国)業績2026年3月期までの被取得企業の業績の達成度合いに応じて条件付取得対価(最大10百万米ドル)を支払う。
122023/7/31ブティックス㈱㈱リアライブ業績被取得企業の2023年3⽉期における業績の達成度合いに応じて、最⼤300百万円を支払う。
132022/12/27㈱ZUU㈱AWZ業績2024年3⽉期から2026年3⽉期までの各事業年度に設定した業績目標の達成度合いに応じて、最大370 百万円を支払う。
142022/11/1YCPホールディングス(グローバル)リミテッドAuctus Advisors Private Limited(インド)従業員数
売上高
利払前・
税引前利益
株式取得後12か月後の被取得企業の従業員数、売上高、利払前・税引前利益に応じて、127百万インドルピーを上限として支払う。また、本株式取得後24か月後のオークタスの従業員数、売上高、利払前・税引前利益に応じて、127百万インドルピーを上限として支払う。
152022/10/25㈱イードエフ・アイ・ティー・パシフィック㈱業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価により、残りの発行済株式(自己株式を除く)の29.3%を段階的に取得する。
162022/7/5リオン㈱Norsonic AS(ノルウェー)利益被取得企業 の利益額が一定の金額を超えた場合、0~6,000千 ノルウェークローネの範囲内で支払う。
172022/7/1ENECHANGE㈱新電力コム㈱売上高被取得企業の売上高が一定の金額を超えた場合、0百万円~106百万円の範囲内で支払う。
182022/3/22ペプチドリーム㈱PDRファーマ㈱(富士フイルム富山化学㈱の放射性医薬品事業を吸収分割した会社)医薬品の国内承認2024年4月末までにPET診断薬の軽度認知障害への適用拡大が日本国内で承認された場合、4,000百万円の追加対価を支払う。
192021/12/9ラクスル㈱㈱ダンボールワン業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて条件付取得対価500百万円を支払う。
202021/11/30科研製薬㈱ARTham Therapeutics ㈱臨床試験成功等のマイルストン達成マイルストン(①ART 001 に関する現行の臨床第 2 相試験の成功②ART 001 に関する臨床第 3 相試験の開始③ART 648 に関する現行の臨床第 2 相試験の成功④ART 648 に関する少なくとも米国での臨床第 3 相試験の開始)が達成された場合、条件付取得対価(普通株式)を交付する。
212021/10/22ニューラルポケット㈱㈱フォーカスチャネル売上高株式取得後6か月の被取得企業の売上高が一定の金額を超えた場合、0百万円~150 百万円の範囲内で支払う。
222021/8/16Diamond Dining International Corporation(㈱DDホールディングスの連結子会社)の代表取締役社長Diamond Dining International Corporation
(米国ハワイ州)
税引後当期純利益等2021年12月期~2025年12月期(5事業年度)各期間に係る税引後当期純利益など業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
232021/7/13Jach Technology SpA
(データセクション㈱の連結子会社)
INTELIGENXIA S.A.(チリ)売上高企業結合後12カ月間における被取得企業の売上高の達成度合い等に応じて最大912千USD支払う。
242021/5/31㈱ブイキューブXyvid Inc.(米国)業績企業結合後の被取得企業の2021 年 12 月期および2022 年 12 月期の2事業年度の業績の達成度合いに応じて、同期間で 15,500 千USD~39,000 千USDの範囲で支払う。
252020/12/17㈱メニコン板橋貿易㈱平均営業利益2025 年3月期及び2026 年3月期における板橋貿易グループの2期分の平均営業利益が2,500 百万円未満の場合は支払額0 百万円、2,500百万円~8,500 百万円までは平均営業利益に応じて段階的に支払額を設定し、平均営業利益が8,500 百万円以上の場合に上限の支払額6,500 百万円支払う。
262020/10/30いすゞ自動車㈱UDトラックス㈱業績2021年~2023年期間における被取得企業の業績を対象に、条件付取得として最大150億円を追加で支払う。
272020/7/9新華ホールディングス(香港)リミテッド(ビート・ホールディングス・リミテッドの連結子会社)㈱CoinOtaku平均営業利益企業結合後の被取得企業の2020年10~12 月の営業利益平均の数値により、条件付取得対価を追加で支払う。
282020/3/30㈱コロプラ㈱MAGES.業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価(500 百万円又は1,000 百万円)を追加で支払う。
292020/3/10㈱デケム(㈱SHIFTが設立した中間持株会社)㈱ナディア、
㈱xbs
営業利益企業結合後の被取得企業の営業利益実績に応じて、条件付取得対価を追加で支払う
302020/2/14UTグループ㈱Green Speed Joint Stock Company(ベトナム)業績企業結合後の被取得企業の子会社(Green Speed Co., Ltd)の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
312020/1/9㈱SHIFT㈱ リアルグローブ営業利益企業結合後の被取得企業の営業利益実績に応じて、56 百万円を上限として、条件付取得対価を追加で支払う。
322019/9/30Hamee Korea Co.,Ltd(Hamee㈱の連結子会社)JEI DESIGN WORKS Inc.(韓国)業績クロージング後1年間の被取得企業の業績等の達成水準に応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
332019/7/30Wacoal International Corp.
(ワコールHD)
Intimates Online, Inc.(米国)業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
342019/6/19㈱ PKSHA Technology(が設立したSPC)㈱アイドラEBITDA2020 年9月期及び2021 年9月期に係る被取得企業のEBITDA が一定の金額を超えた場合、その超過額に応じて、0百万円~2,266 百万円の範囲内で支払う。
352018/7/12IP Infusion Inc.
(㈱ACCESSの連結子会社)
Northforge Innovations Inc.(カナダ)当期純利益今後3年間の被取得企業の各年のNet Income(当期純利益)の実績に応じ、条件付取得対価を追加で支払う。
362018/7/2㈱ユーザベースQuartz Media LLC
(米国)
売上
有料課金ユーザ数
平成30年12月期に係るQuartz社の売上のうち、諸条件を満たした売上と、平成30年12月期末時点の有料課金ユーザー数に応じて条件付取得対価を支払う。
アーンアウト対価の内訳は、新株予約権(最大25百万米ドル相当)及び現金(最大10百万米ドル)である。
372018/4/6マネックスグループ㈱コインチェック㈱当期純利益2019年3月期から2021年3月期までの3事業年度の当期純利益の合計額の二分の一を上限とし、一定の事業上のリスクを控除して算出された金額を、条件付取得対価として支払う。
382017/4/4インフォテリア㈱This Place Limited(英国)EBITクロージング後5年間にわたり、1年ごとにThis Place社の各年の業績(EBIT)の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
392017/2/2グリー㈱㈱3ミニッツ業績企業結合後3年度の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
402015/7/31スリープログループ㈱WELLCOM IS ㈱損益被取得企業は株主であるSPRING と業績に応じたアーンアウト契約を締結。
これは、簡易株式交換後に到来する3期の損益に関して、被取得企業の平成27 年3月期の税引前当期純利益25 百万円を控除した金額の50%にあたる金額を被取得企業がSPRING に支払う契約。
412014/10/31みらかホールディングス㈱Baylor Miraca Genetics Laboratories, LLC(米国)売上高持分取得完了から3年経過時点で、被取得企業の直近12ヶ月における売上が一定水準に達していた場合、条件付取得対価を追加で支払う。
422014/10/30Cookpad MENA
Holdings S.A.L.(レバノン、クックパッド㈱の孫会社)
Netsila S.A.L.(レバノン)業績企業結合後の被取得企業の業績の達成度合いに応じて、条件付取得対価を追加で支払う。
432014/1/31㈱JVC ケンウッドEF Johnson Technologies, Inc.(米国)受注実績企業結合後(2014 年度)の計画外特定システム案件受注による業績に応じて、条件付取得対価を上限5百万米ドル支払う。
(出所:各社プレスリリース)

5. まとめ

  • アーンアウトとは、M&Aのクロージング後の一定の期間において、対象会社が一定の目標を達成した場合に、買手が売手に対してM&A対価の一部を後払いすることである。
  • 売主と買主の間でM&A対価の目線に隔たりがある場合、アーンアウト条項を導入することで合意に至る可能性がある。
  • アーンアウトを導入することで、M&A後も経営に関与する売主に対して、業績向上のインセンティブを付与する効果がある。
  • アーンアウト指標には、売上高・EBITDA・営業利益等の財務指標が選ばれることが多いが、従業員数、ユーザ数、認可取得や研究開発に関するマイルストン達成の有無といった非財務指標を設定するケースもある。
  • アーンアウトは、クロスボーダー取引において一般的に利用されている。国内企業どうしのM&Aでも、スタートアップや製薬事業など事業リスクの高い企業を対象とする場合に見られるようになってきた。



関連用語
国際会計基準(IFRS) #EBITDA #価格調整条項 #最終契約書(DA/Definitive Agreement)
株式譲渡契約書(SPA)