2023.05.31

知らないと損をする「株式交付」の新しい使い方 ~「株式交付」の最新事例を分かりやすく解説します!~ 

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1.そもそも株式交付制度とは?

 M&Aの新たな手法としてじわじわと注目度を増している「株式交付」制度をご存じでしょうか?ご存じの方でもその具体的な活用方法や事例までキャッチアップできている方はまだ少ないのではないでしょうか? 株式交付は、まだ登場して間もないM&Aの新手法であり、浸透も不十分と言えます。実際、その使い方が十分に定まっていないところもあります。
 一方で、様々な活用方法があるため専門家の間では注目を集めています。特に、最近では「こんなやり方もできるのか」といった事例が出始めています。本コラムでは、その株式交付の活用方法について、最新の事例を使いながら説明をしていきたいと思います。

 そもそも株式交付は、2021年3月1日に施行された改正会社法において設けられた新たな組織再編行為です。他の株式会社を子会社化するために、当該他の株式会社の株式を譲り受け、株式の譲渡人に対価として自社の株式等を交付する手法です。
 株式交付制度が登場する前は、株式を対価として対象会社を子会社化する方法は「株式交換」に実質的に限られており、100%子会社化(完全子会社化)することしかできませんでした。
 株式交付制度が登場することにより、100%ではない(例えば51%の)子会社化、いわば「部分株式交換」が可能になりました。しかも対象となる会社の株主総会決議は必要ありません。株式交換と株式交付の違いは下表のとおりです。
 なお、株式交付を行う株式会社を「株式交付親会社」、株式交付により子会社化される株式会社を「株式交付子会社」といいます。

【株式交換と株式交付の違い】

項目株式交換株式交付
実行後の子会社の議決権割合100%子会社(完全子会社化)議決権割合が50%超(100%も含まれる)の子会社化
実行後の
資本関係図


子会社側の株主総会決議

株主総会の特別決議が必要不要
既存子会社の

株式追加取得

可能

(既存子会社を完全子会社化することができる)

不可

(既存子会社には使えない。新たに子会社化する場合にだけ使うことができる)

子会社株主の

課税関係

金銭等不交付の場合は課税が繰延べ対価の80%以上が自社株式の場合、株式対価部分について課税が繰延べ

 なお、株式交付制度の概要や特徴については、弊社コラム『「株式交付」とは何か?自社株式を対価にできるM&Aの新手法』においても分かりやすく説明していますので、そちらも併せてご確認ください。

 本コラムでは、株式交付を用いたM&A事例を3件ご紹介いたします。
 1つ目は、株主が1名の会社を株式交付により80%の株式を取得し子会社化した事例です。1人株主の会社でも、一部の株式だけを(単純な現金対価の株式譲渡ではなく)株式対価で譲り渡すことができるという事例です。
 2つ目は同じく株主が1名の会社を株式と現金を対価とする株式交付で100%子会社化した事例です。株式交換ではなく、敢えて株式交付を使って100%子会社化しているのですが、現金を含めた混合対価の組織再編でも対象会社に時価評価課税が生じない(非適格組織再編に該当しない)取引です。
 最後の3つ目は、普通株式と優先株式を発行している会社を株式交付により子会社化した事例です。普通株式には株式対価、優先株式には現金対価といったように対価を使い分けた事例です。

 3事例ともそれぞれ特徴があり、特に2つ目と3つ目の事例は案件関与者が様々な論点を考慮して実行したことが垣間見える興味深い事例だと思います。是非ご一読いただければと思います。

2.【事例①】1人株主の会社を株式交付により子会社化(80%取得、株式対価)した事例

 1つ目の事例は、オーソドックスな株式交付を用いたM&A取引をご紹介します。2022年10月7日に公表されたGFA株式会社(G社)が株式会社フィフティーワン(F社)を株式交付により子会社化した事例です。
 株式交付子会社の株主は1人で、G社は株式交付により当該株主から80%相当のF社株式を取得し対価としてG社株式を交付しています。

2.1 取引概要

  • 株式交付親会社:GFA(G社)
    金融サービス事業、サイバーセキュリティ事業等を営む東証スタンダード市場に上場する会社(証券コード:8783)。
  • 株式交付子会社:フィフティーワン(F社)
    チャーター便、貸切配送便、ハンドキャリー 、倉庫保管、医療品輸送等の輸送業を営む非上場会社
  • F社の株主構成
    創業者(個人株主1名) 100% (200株)
  • 株式交付によりG社が取得する株式割合
    80%(160株) ※残り20%は引き続き創業者が保有
  • 株式交付の対価
    G社株式 ※F社株式1株に対してG社株式5,500株(計880,000株)を交付。現金等の交付は無し

【事例①取引概要図】

2.2 スケジュール

  • 株式交付決議取締役会(G社)        2022年10月7日
  • 株式交付子会社の株式の譲渡の申込期日   2022年11月2日
  • 株式交付実施予定日(効力発生日)     2022年11月4日

2.3 事例①の特徴

(ア)会社法及び金融商品取引法(金商法)上の取り扱い

  • G社では、株主総会の承認を必要としない簡易株式交付に該当します。
    ※ 簡易株式交付制度
    株式交付親会社が公開会社に該当し、譲渡人に交付する対価の額の合計額が株式交付親会社の純資産額の1/5を超えない場合、株式交付計画について株主総会の承認が不要となる制度
  • G社では、株式交付の対価として交付する株式の発行が金融商品取引法上の募集に該当するため、有価証券届出書を提出(2022年10月7日)しています。なお、有価証券届出書における募集金額(110百万円)は、G社が交付するG社株式数(880,000株)にG社株式の提出日前日(2022年10月6日)の終値(125円/株)を乗じて計算した金額を記載しています。

(イ)税務上の取り扱い

  • F社株主(創業者)は、株式交付の対価として、G社株式のみを受領したため当該株式交付において所得税(譲渡所得)は課税されなかった(課税の繰り延べ)と想定されます。

3.【事例②】敢えて株式交付を用いて100%子会社化(対価は株式と現金)した事例

 2つ目の事例として、トレンダーズ株式会社(T社)による株式会社クレマンスラボラトリー(C社)の子会社化を紹介します。対象会社を100%子会社化する場合、一般的には株式交換を使用しますが、本事例では敢えて株式交付を用いた点に特徴があります。あくまでも推論ですが、本事例では税務上の理由から株式交付を選択したものと考えられます。

3.1 取引概要

  • 株式交付親会社:トレンダーズ(T社)
    美容メディア、美容系デジタルマーケティング事業等を営む東証グロース市場に上場する会社(証券コード:6069)。
  • 株式交付子会社:クレマンスラボラトリー(C社)
    化粧品、健康食品・美容機器等の企画・販売業等を営む非上場会社
  • C社の株主構成
    代表者(個人株主1名) 100% (20株)
  • 株式交付によりT社が取得する株式割合
    100%  
  • 株式交付対価
    C社株式1株あたり、現金1,082,500円及びT社株式500株(注)を交付。
    つまり、C社株式20株に対して、現金21,650,000円及びT社株式10,000株(注)を交付。
    (注)交付されたT社株式の価値を金額換算すると以下のようになる。
    ・C社株式1株あたり : T社株式の公表日前日(2021年12月23日)の終値(799円)×500株=399,500円
    ・C社全株式(20株): 799円x 10,000株 = 7,990,000円

【事例②取引概要図】

3.2 スケジュール

  • 株式交付決議取締役会(T社)              2021年12月24日
  • 総数譲渡し契約締結日                            2022年2月1日
  • 株式交付の効力発生日                            2022年2月7日

3.3 事例の特徴

(ア)会社法及び金融商品取引法(金商法)上の取り扱い

  • T社では、株主総会の承認を必要としない簡易株式交付に該当します。
  • T社では、株式交付の対価として交付するT社株式の発行が金融商品取引法上の募集に該当しますが、募集金額が1,000万円以下(2022年12月23日終値ベースで7,990千円(799円x 10,000株))のため、有価証券届出書及び有価証券通知書の提出は不要だったものと想定されます。

(イ)税務上の取り扱い(C社株主)

  • C社株主(代表者)は、株式交付の対価として、現金及びT社株式を取得しています。
  • 当該株主が取得した対価の総額は、現金21,650千円及びT社株式7,990千円(2022年12月23日終値ベース)の合計29,640千円であり、うちT社株式が占める割合は約27%です。つまり、対価の総額に対する株式対価の割合は80%未満です。
  • したがって、当該株主は株式交付における課税の繰り延べ要件を満たさないため、手放したC社株式すべて(20株分)について、原則どおり譲渡所得の対象となり、所得税(15.315%)及び住民税(5%)の課税が生じたものと推定されます。

(ウ)混合対価による100%子会社化

  • 本事例では、T社はC社株主(100%保有)に対して、T社株式及び現金の混合対価を交付してC社を100%子会社化しています。本事例では、株式交付の代わりに株式交換を用いることもできたと考えられますが、仮にT社が株式交換を用いてC社を100%子会社化した場合と比較してみます。

【事例② 株式交換を用いた場合との比較】

項目株式交付株式交換
T社株式と現金の混合対価の交付可能可能
C社株主総会決議不要特別決議が必要
C社(法人そのもの)における課税課税なし非適格株式交換に該当し、時価評価課税が生じる
C社株主における課税現金対価及び株式対価部分に対して株式譲渡課税(所得税及び住民税)同左
  • 両手法の差異があるもののうち、②C社株主総会は、C社は1人株主のため株主総会決議の要否は実務上大きな論点にはなりません。一方で、③C社(法人そのもの)における課税については、C社が土地や有価証券等、含み益のある資産を保有している場合には、時価評価課税が生じるかどうかは、スキームを判断するうえで大きな論点になるものと想定されます。
  • 株式交付は、一見すると100%子会社化する方法には使えないのでは?と思われがちですが、100%子会社化する場合でも使用することができます。本事例のように株式交換よりもメリットがあるケースがありますので、是非検討していただければと思います。

4.【事例】普通株式と優先株式を発行する会社を株式交付により子会社化した事例

 最後の3つ目の事例は若干複雑な取引をご紹介します。フリー株式会社(f社)がWhy株式会社(W社)を株式交付により子会社化した取引です。
 この事例では、株式交付子会社のWhyが、普通株式と優先株式を発行しており、普通株式には対価としてf社株式を交付し、優先株式には対価として現金を交付しています。

4.1 取引概要

  • 株式交付親会社:フリー(f社)
    クラウド型会計、人事労務ソフト等の開発・販売を営む東証グロース市場に上場する会社(証券コード:4478)。
  • 株式交付子会社:Why(W社)
    企業の情報システム部門向けの作業自動化ツールの開発・提供等を営む非上場会社
  • W社の株主構成 ※発行済株式数 : 普通株式133,548株、優先株式22,760株
株主名株式の種類持株比率
1A氏(W社代表取締役)普通株式63.96%
2B氏(W社取締役)普通株式16.01%
3Cファンド優先株式13.18%
4Dファンド普通株式
優先株式
5.47%
1.39%
100.00%
  • 株式交付によりf社が取得する株式割合
    100% ※株式交付計画書では普通株式及び優先株式の100%取得を下限に設定
  • 株式交付対価
    ①W社普通株式
     W社普通株式1株に対してf社普通株式1.68株を交付 
     ※f社が発行する株式の総数:224,360株 (= 普通株式133,548株x1.68株)
    ②W社優先株式
     W社優先株式1株に対して、13,681円の金銭を交付
     ※f社が交付する金銭の総額:311,379,560円 (= 優先株式22,760株x13,681円)

【事例③取引概要図】

4.2 スケジュール

  • 株式交付決議取締役会(f社)                             2023年4月19日
  • 株式交付子会社の株式の譲渡の申込期日            2023年5月12日
  • 総数譲渡し契約締結日                                          2023年5月12日
  • 株式交付の効力発生日                                          2023年6月1日

 

4.3 事例の特徴

(ア)会社法及び金融商品取引法(金商法)上の取り扱い

  • f社では、株主総会の承認を必要としない簡易株式交付に該当します。
  • f社では、株式交付の対価として交付する株式の発行が金融商品取引法上の募集に該当するため、有価証券届出書を提出しています。なお、届出書上の募集金額(861,542,400円)は、f社が交付するf社普通株式数(224,360株)にf社株式の公表日前日(2023年4月18日)の終値(3,840円/株)を乗じて計算した金額を記載しています。

(イ)W社株主における税務上の取り扱い

  • W社株主における課税関係は、株式交付子会社の株主ごとに判定する点にご留意ください。それぞれの株主が株式交付により取得した対価のうち、株式交付親会社の株式が占める割合が80%以上であれば、取得した株式交付親会社株式に相当する部分は課税が繰り延べられることになります。
  • W社株主のうち普通株式のみを保有するA氏及びB氏は、株式交付の対価としてf社株式のみを取得したため、課税は生じなかったと想定されます。
  • W社の優先株式のみを保有するCファンドは、株式交付により現金のみを取得したため、株式譲渡益課税が生じたものと想定されます。
  • W社の普通株式と優先株式を保有するDファンドは、株式交付の対価として、f社株式と現金の交付を受けます。Dファンドが取得する対価の総額は、f社普通株式約55百万円(2023年4月18日終値ベース)及び現金約30百万円の合計約85百万円であり、うちf社株式が占める割合は約65%で、80%未満となります。したがって、Dファンドは、課税繰り延べ要件を満たさないため、手放したW社株式すべて(普通株式及び優先株式)について、株式譲渡益課税が生じたものと想定されます。

5.上場会社同士の株式交付

 以上3つの事例を紹介しましたが、いずれも株式交付子会社が非上場会社の取引でした。本コラム作成時点では、まだ国内において上場会社同士の株式交付は実施されていません。
 上場会社を対象に株式交付を利用する場合には、通常、公開買付け(TOB:Take-Over Bid)の手続が必要となると想定されます。このため取引の煩雑性や実例が無い点等を考慮し、なかなか実行に踏み出せない(他の手法を採用する)のではないかと思われます。
 今後、上場会社同士の株式交付が公表された際は、本コラムで是非取り上げたいと思います。

6.令和5年税制改正(同族会社は課税の繰り延べ措置の対象外)

 最後に株式交付制度に関する最新の動きとして、令和5年度の税制改正についてご紹介いたします。
 税務上のテクニカルな話からご説明しますと、企業オーナーにとって、会社の株式を直接保有せず資産管理会社を通じて間接的に保有することで、株式の相続税評価額を引き下げることができます。そのため従来からオーソドックスな節税手法として、プライベートな資産管理会社に事業会社の株式を譲渡する手法が用いられています。
 この資産管理会社への株式移動の方法として株式交付を用いた場合、オーナーに課税が生じないため(課税の繰り延べ要件を満たすことが前提)、当該節税目的で株式交付を利用するケースが頻繁に見受けられるようになりました。
 課税当局は当該節税目的による株式交付の利用は想定していなかったことから、令和 5 年度税制改正において、2023 年 10 月 1 日以後に行われる株式交付のうち、株式交付後に株式交付親会社が同族会社(注1)(非同族の同族会社(注2)を除く。)に該当する場合は、株主における課税の繰り延べ措置が除外されることになりました。

(注1)同族会社とは、株主とその同族関係者(株主等と特殊な関係にある個人や法人)をグループとし、上位3グループが保有する株式・議決権等の合計が、その会社の発行済株式総数(自己株式を除く)等の50%を超える会社をいいます。

(注2)非同族の同族会社とは、上記(注1)の判定で同族会社と判定された会社のうち、上位3グループの中に同族会社ではない法人がある場合で、その法人を除いて判定すると同族会社とならない会社のことをいいます。

【2023年10月1日以降に課税繰り延べの対象外となる株式交付(イメージ図)】

7.まとめ

  • 株式交付では、子会社化する会社の株主に自社株式以外に現金等を交付することができる。
  • 対価に占める株式の割合が80%以上の場合は株式対価部分については課税されない(当該判定は株主ごとに行う点に注意)。
  • 株式交付の活用事例
    株式交付子会社の株主が1名の場合でも、保有する株式すべてを手放す必要はなく、一定割合を継続して保有することができる(【事例①】参照)。
    株式交換と同様に100%子会社化するケースにおいても活用することができる。この場合、株式交換(非適格株式交換を想定)と異なり、対象会社で課税が生じないメリットがある(【事例②】参照)。
    ・対象会社が普通株式以外に優先株式を発行している場合であっても対価を柔軟に設定することができる(【事例③】参照)。
  • 上場会社同士の株式交付は本コラム執筆時点ではまだ実例がない。
  • 令和5年税制改正により、2023年10月1日以降に実施される株式交付のうち、株式交付後の株式交付親会社が同族会社(非同族の同族会社は除く)に該当する場合は、課税の繰り延べ措置が適用されなくなった。