2024.12.13
非上場企業における少数株主の権利【後編】
~ 少数株主の買取請求。価格の決まり方とその対応策~
M&A
目次
1. はじめに
前回コラム(「非上場企業における少数株主の権利【前編】~ 非上場の株式譲渡制限会社でも敵対的買収が可能か!?」)では、まず、少数株主の権利について説明しました。
保有する議決権比率が小さい少数株主は、取締役を単独で選任できず、基本的に会社の経営に影響を及ぼすことが出来ません。しかし、会計帳簿閲覧請求などの少数株主にも認められる権利を行使することで、株式会社の現経営陣に対して批判的な行動をとることはできます。
一方、非上場企業の株式には、定款で譲渡制限が付されていることが一般的です。株式会社が(株主総会又は取締役会において)承認しない限り、第三者への株式の譲渡はできません。つまり、現経営陣は株主として望ましくない者への譲渡を承認しないという選択肢が与えられています。
しかし、譲渡制限株式の取得を希望する買手候補が出てきた場合には、特段の留意が必要です。なぜなら、少数株主らが会社に対して譲渡等承認請求が出来るようになるからです。ここで、会社が譲渡を承認しない場合、少数株主らは、会社(又は指定買取人)に株式買取を請求できます。当事者間で売買価格を協議し、これが整わない場合には、当事者は裁判所に対して売買価格決定の申立てをすることができます。ここで和解に至らない場合、最終的には裁判所が売買価格を決定します。要するに、譲渡等承認請求に対してこれを不承認とする場合、会社(又は指定買取人)は譲渡制限株式の買取が強いられることになるのです。
非上場企業における少数株主の権利【前編】~ 非上場の株式譲渡制限会社でも敵対的買収が可能か?~
今回の「非上場企業における少数株主の権利 【後編】」では、この少数株主らによる株式買取請求の場面で、譲渡制限株式の売買価格がどのように決まるかを説明します。また、少数株主の行動(譲渡等承認請求その他株主権の行使)に対して事後的に対応するのではなく、事前に少数株主から株式を買い集めて株主を集約する手法(スクイーズアウト)を紹介します。
2. 譲渡制限株式の価値
2.1 裁判所による価格決定の影響
コラム前編で説明したように、株式譲渡制限会社において少数株主による第三者への譲渡を承認しないケースでも、譲渡等承認請求者から買取請求がある場合、株式会社又は指定買取人が買取りに応じる必要があります。さらに、買取価格(売買価格)に関する当事者間の協議が整わない場合、譲渡制限株式の売買価格の決定の裁判所への申立てが可能であり、最終的には、裁判所に売買価格の決定が委ねられます。
したがって、実際に裁判所に対する価格決定申立てに至らなくとも、裁判所においてどのように価格が決定されるのかが、譲渡制限株式に関する当事者間の売買価格の交渉に影響を及ぼすと考えてよいでしょう。
2.2 価格決定における評価手法
株式譲渡制限会社の株式は、非上場であるがゆえに、基本的に市場株価を参考にすることはできません。会社法上も、売買価格の具体的算定方法を定めておらず、「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」(会社法144条3項)とするのみです。
実際のところ、裁判所が売買価格を決定するのにあたり、基本的に一般の非上場企業の株式価値評価実務に沿った検討が行われているものと考えられます。すなわち、株式会社固有の状況等を踏まえて、インカム・アプローチ、コスト・アプローチ(ネットアセット・アプローチ)、マーケット・アプローチに基づく各種の評価手法を選択適用されているようです。また、複数の手法を選択した上で、その評価結果を折衷することも、公表されている裁判例ではよく見られます。なお、各評価アプローチと代表的な評価手法は、以下の通りです。
評価アプローチ | 代表的な評価手法 |
---|---|
インカム・アプローチ | DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法) 利益還元法 配当還元法(配当還元方式) |
マーケット・アプローチ | 市場株価平均法 類似会社比較法(倍率法、乗数法) 類似取引法 |
コスト・アプローチ (ネットアセット・アプローチ) | 簿価純資産法 時価純資産法(修正簿価純資産法) |
ここでは、後ろの議論に必要な限りで、簡潔に主要な評価手法を紹介します。
- 配当還元法(配当還元方式):
株式会社の配当実績等に基づいて、将来の配当を予測し、これを株主資本コストで割り引いて株式価値を評価する手法です。「配当」という株主が直接得られる経済利益を直接割り引くことから、直感的に理解しやすい手法です。内部留保が厚い会社であっても、配当実績が乏しい又は実績配当額が僅少である場合、将来配当予測が低く見積もられることを通じて、評価額が低くなる傾向があります。また、株式単位で将来配当を予測し、1株あたり株式価値を算定する手法であるため、会社全体の株式価値を算定するという視点は乏しくなります。 - DCF法:
事業から得られるフリー・キャッシュ・フローを、加重平均資本コストで割り引いた上で、事業価値を算定し、これに非事業用資産及び純有利子負債を加減算して株式価値を評価する手法です(エンタープライズDCF法)。評価対象会社の将来の事業計画に関する情報や現在の財政状態を包括的に織り込むことができること等から、理論的に優れた手法といわれています。DCF法では、まず会社全体の株式価値を算定し、これを株数で除して1株当たり株式価値を計算します。この意味で、支配株主と少数株主との間で株式価値の差が生じないことが前提の手法ともいえます(マイノリティディスカウントを考慮する場合を除く)。 - (簿価又は時価)純資産法:
評価基準日時点の資産の価値から負債の価値を控除して得られる純資産の価値を、株式価値とする手法です。資産・負債の評価には、簿価又は時価を適用します。評価基準日時点の清算価値とも言え、将来の事業から得られるキャッシュ・フローを反映することはできませんが、評価基準日時点に存在する資産・負債に基づく点で客観性に優れています。DCF法と同様、会社全体の株式価値を算定し、これを株数で除して1株当たり株式価値を計算します。 - 類似会社比較法:
評価対象会社と類似する上場企業の業績指標(EBITDA、純利益等)と市場株価等から計算される各種倍率(EV/EBITDA倍率、PER等)を、評価対象会社の業績指標(EBITDA、純利益等)に乗じることにより、企業価値や株式価値を計算する手法です。非上場企業にも適用可能ですが、上場類似企業を客観的に選定することが困難という批判もあります。
2.3 評価手法の採用傾向: 配当還元法からDCF法・純資産法へ
譲渡制限株式の売買価格決定では、具体的にどの評価手法が採用されているのでしょうか。
ここでは、久保田康彦「譲渡制限株式の売買価格〔上〕-裁判例の分析・評価を中心にして―」(商事法務No2357)6頁に紹介された「〔図表〕最近20年間(平成16年以降)の公表裁判例」を参考にしながら、裁判所が使用した算定手法の採用傾向を紹介します。
2.3.1 少数株主の持分には配当還元方式?
少数株主の持分を評価するのにあたり、まず考えられるのは、「配当還元法(または配当還元方式)」です。
この方法は、これまでの配当実績から推計される将来配当を株主資本コストで割り引いて株式価値を算出します。少数株主(売主)にとって、株式保有の主な目的が配当にならざるを得ないことを理由に採用される裁判例が見られます。
但し、株式会社において、業績が好調であるにもかかわらず、経営株主の裁量で実際の配当が著しく低く抑えられている又は配当実績がない場合、配当還元法では株式価値が過小に評価される恐れがあります。
2.3.2 DCF法や純資産法が採用される可能性
このため、買主(株式会社又は経営株主ら)にとっての価値も考慮すべきであるとして、過去の配当実績に基づく配当還元法(実際配当還元法)を採用せず他の評価手法(DCF法、純資産法、同業種の配当性向に基づく配当還元法)を採用した裁判例や、実際配当還元法と他の評価手法を折衷して売買価格を決定する方法(加重平均する方法)もみられます。
さらに近年では、実際配当還元法では会社に内部留保が生じていてもこれを無視して株式価値を評価することになることや、少数株主と支配株主との間で保有株式の評価に差を設けることは合理的ではないこと等を理由に、(実際)配当還元法を不採用とする一方で、DCF法又は純資産法を単独採用する事例(折衷しない事例)もみられるようになりました。
公表される裁判例の数が限られることから明確な傾向とまでは言い切れませんが、少数株主持分であっても、経営株主が裁量的に配当性向をコントロールできる状況で配当実績を抑えていると判断されれば、配当還元法(配当還元方式)に代わり、DCF法や純資産法により売買価格が決定される可能性があると考えられます。
2.3.3 配当実績だけで評価額は決まらない
ここで重要なのは、これまで経済的には微々たる配当を得ていただけで、配当還元方式のロジックでは高く評価されようのない少数株主の持分でも、裁判所において想定以上の売買価格が決定される可能性がある、ということです。
譲渡等承認請求の場面では、株式会社の状況や株主構成等が総合的に考慮された結果、他の評価手法(DCF法や純資産法等)が採用され、配当還元法で想定する評価額よりも高い価格が決定されることがあります。
2.3.4 相続税評価額との関係
非上場株式の評価というと、取引相場のない株式に関する相続税評価額(財産評価基本通達で定められた方式による評価額)を思い起こす方が多いかもしれません。しかし、譲渡制限株式の売買価格決定は、会社法の下での当事者間の利益調整であることから、現状では、計算の客観性を求める税務の要請で整備された相続税評価額の算定方式を直接引用することはないと考えられます。「配当還元方式」というと、財産評価基本通達188-2に定められる特例的な評価方式をイメージしがちですが、裁判所における価格決定では、同通達に沿った評価方式の採用や評価額の決定は行われないと考えられます。
3.株式を集約するという選択肢
3.1 少数株主の放置によるリスク
コラム前編からここまで、株式譲渡制限会社の少数株主に関する制度、すなわち、少数株主が持つ権利、株式譲渡制限会社における少数持分の現金化の枠組みと、その売買価格の決まり方についてご説明しました。
最近懸念される動きとしては、このような制度を利用して、非上場企業の株式を少数株主から取得する買取業者の存在も見られるようになったことです。もし少数株主が買取業者等の譲渡先を確保したならば、株式会社又は経営株主は、譲渡承認請求や買取請求に対応せざるを得ず、そうなると日常の経営活動が圧迫されるリスクが生じます。少数株主による権利行使等で当該リスクが顕在化したとき、これに即座に対応できるよう、平時から知見のある法律・財務の専門家(弁護士・会計士・税理士・財務アドバイザー等)に相談できる態勢を整えておくことが重要といえるでしょう。
3.2 事前対応の重要性
3.2.1 協議交渉による取得
一方で、当該リスクを軽減する抜本的な方法として、少数株主による譲渡等承認請求を含む株主権が行使されるのに先立って、事前に少数株主から株式を買い集めて、株式の集約を図ることが考えられます。
また、経営オーナーが近い将来事業承継を検討する場合には、株式の集約を予め進めることによって、第三者への事業承継取引もスムーズに行うことができると考えられます。
3.2.2 強制的な少数株主の締め出し(スクイーズアウト)
事前の少数株主対応として、まずは、少数株主との間で協議し合意をした上で、少数持分を買い取り、主要株主へ集約していくことが考えられます。しかし、少数株主との協議・交渉を効果的に進めるためにも、株式会社及び主要株主サイドで最終的に利用できる、少数株主締め出しの制度(強制措置)を知っておくことは重要です。
ここでは、会社法で認められている少数株主の締め出し(スクイーズアウト又はキャッシュアウトとも呼ばれます。)の4つのスキームを紹介します。いずれの手法も、買主側が一定の議決権比率(3分の2以上又は90%以上)を有する場合、対象会社の少数株主に相応の対価を交付すれば少数株主の同意を得ることなく、少数株主をスクイーズアウト(締め出す)ことが可能です。
(1)株式等売渡請求 | (2) 株式併合 | (3) 全部取得条項付種類株式 | (4) 現金対価株式交換 | |
---|---|---|---|---|
必要な議決権割合 | 90%以上 | 3分の2以上 | 3分の2以上 | 3分の2以上 |
取得主体 | 買収者 (特別支配株主:個人・法人) | 対象会社 | 対象会社 | 買収者 (株式会社又は合同会社) |
対象 | 株式 新株予約権 新株予約権付社債 | 株式 | 株式 | 株式 |
株式会社での意思決定 | 取締役会決議 | 株主総会の特別決議 | 株主総会の特別決議 | 株主総会の特別決議 ※ |
少数株主の株式買取請求 | 有 | 有 | 有 | 有 |
- 株式等売渡請求: 株式会社の総株主の議決権の90%以上を有する株主(特別支配株主)が、他の株主の全員(売渡株主)に対して、その有する当該会社の株式等の全部(対象株式)を、当該特別支配株主に売り渡すことができる制度です。取締役会設置会社であれば取締役会における承認など、会社法の定める手続に従うことで、特別支配株主と売渡株主との間に、株式の売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じるものとされます。すなわち、特別支配株主は、少数株主との売買に関する合意を行うことなく、取得日に対象株式の全部を取得することができます。
- 株式併合: 例えば、5株を合わせて1株にするというように、複数の株式を合わせて少数の株式にすることです。本来は出資単位を調整するための制度ですが、株式併合によって端数が生じた場合に、その端数の合計数に相当する数の株式を売却して得られた代金を株主に交付することになるため、スクイーズアウトの一手法としてよく利用されます。例えば、少数株主には端数しか割り当てられない比率で株式併合を実施すれば、少数株主には金銭のみが交付され株式は手許に残りません。株式併合には、株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)を経る必要があります。
- 全部取得条項付種類株式(の取得): ①普通株式以外の種類の株式(例えば、A種種類株式)を発行する旨の規定を設ける定款変更、②普通株式に全部取得条項を付す旨の定款変更を行った上、③全部取得条項付種類株式(旧普通株式)を取得することを、株主総会の特別決議で可決したのち、全部取得の対価として交付するA種種類株式を、少数株主にはその端数しか渡らないようにします。これらの端数の合計に相当する数の株式を処分することで得られる金銭を、持株数に応じて少数株主に交付します。株式併合の制度が整備されて以降、最近はあまり使われない手法です。
- 現金対価株式交換: 対象会社の主要株主が株式会社の場合、「現金対価の株式交換」によってもスクイーズアウトを実現できます。すなわち、少数株主に対価として金銭を交付する株式交換を実施することで、当該少数株主の保有する対象会社の株式を買主(株式会社)に移転し、対象会社を買主の完全子会社(100%子会社)にすることができます。株式交換は、原則として、買主及び対象会社の双方で株主総会の特別決議において、株式交換契約締結を可決する必要があります。
なお、平成26年会社法改正によりスクイーズアウトに関する制度が見直されて以降、事前に議決権が90%以上確保できる場合には「特別支配株主の株式等売渡請求」が、議決権の3分の2以上を確保できる場合には「株式併合」が、実務上多く利用されています。
「特別支配株主の株式等売渡請求」が多く利用されるのは、株式会社(対象会社)の取締役会決議で足りるなど、比較的簡便に実施できることがその理由と考えられます。議決権を90%以上確保していないケースで「株式併合」が多く利用されるのは、「全部取得条項付種類株式」の取得と比べて効果がシンプルで分かりやすく、かつ「現金対価株式交換」の場合に主要株主(株式交換完全親会社)で必要な各種手続(株主総会の承認、反対株主の株式買取請求への対応、債権者保護手続等)が要請されていないためと考えられます。
ただし、いずれのスキームでも、反対株主の買取請求制度が用意されており、スクイーズアウトを不服とする少数株主(反対株主)は、対象会社に対して株式買取請求を行うことができます。また、当事者間で買取価格の協議が不調に終わる場合、当事者は、裁判所に対して売買価格決定の申立てが可能です(最終的に裁判所が価格決定する点で、譲渡制限株式の譲渡等承認請求の流れと類似しています。)。
ここでは事前の少数株主対策について簡単に触れるのみでしたが、将来の事業承継に備えて少数株主対策について相談したいというご要望があれば、弊社マクサス・コーポレートアドバイザリーの「M&A予備診断サービス」のご利用をご検討頂ければ幸いです。
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4.まとめ
- 非公開会社において、譲渡制限株式の譲渡等承認請求を不承認とする場合、会社又は指定買取人は買取りに応じなければならない。
- 買取価格について協議が整わない場合、当事者は裁判所に価格決定の申立てを行うことが出来、最終的には裁判所が売買価格を決定する。
- 譲渡制限株式の売買価格決定では、必ずしも配当実績に基づいた配当還元方式で評価されない。他の手法(DCF法や純資産法など)が採用される可能性があり、取得コストが想定外に高くなる可能性もある。
- 譲渡等承認請求などに先だって株主の集約を図るのが、少数株主対応の抜本的解決策である。
- 強制的な少数株主の締め出し(スクイーズアウト)の方策として、(1)株式等売渡請求、(2)株式併合、(3)全部取得条項付種類株式、(4)現金対価株式交換が存在する。
- 会社及び主要株主としては、最終的には上記のスクイーズアウトの実施を念頭におきながら、少数株主と協議して事前に株式買取りを進めておくことも考えられる。
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