2026.10.14

スタートアップ企業の株式価値評価(第3回・上)
~実例で解くOPM:優先株式と普通株式、単価はどれだけ違うのか~

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1. はじめに

1.1 第1回で、私たちはすでにOPMの一歩手前にいた

 第1回のコラムでは、株式価値総額1,000百万円のスタートアップを例に、みなし清算条項に基づくM&A対価の分配を計算しました。A種優先株主にまず出資額相当の300百万円が支払われ、残る700百万円を普通株式100株とA種優先株式100株の合計200株で分け合う。その結果、普通株主の取り分は350百万円、A種優先株主の取り分は650百万円となりました。

 実は、この計算には評価実務上の名前が付いています。第2回で紹介した現在価値法(CVM:Current Value Method)です。CVMとは、評価時点で会社を直ちに売却したと仮定して、その時点の株式価値総額をみなし清算ルールに従って按分する手法でした。第1回での計算は、CVMそのものだったのです。

1.2 本コラムのねらい ― 「いつ」と「いくらで」が分からない世界へ

 もっとも、現実のスタートアップが「いま、この瞬間に1,000百万円で売れる」ことはまずありません。イグジットは数年先であり、そのときの株式価値総額がいくらになっているかも分かりません。この「時間」と「不確実性」を分配に織り込む手法が、第2回で説明したオプション価格法(OPM:Option Pricing Method)でした。

 第3回では、この2つを織り込むと、第1回で350百万円と算定した普通株式の価値がどう変わるのかを、実際の計算を通じて確認します。さらに、複数種類の優先株式を含む資本構成へと設例を広げ、日本で一般的な「参加型」の優先株式にOPMを適用する際の論点まで検討します。

1.3 本コラムの構成

 第2節では第1回の設例をOPMで解き直し、計算手順を確認します。第3節では参加型と非参加型の違いが1株当たり価値に与える影響を数値で比較します。第4節では、A種・B種の優先株式と新株予約権を発行した現実的な資本構成を題材に、OPMによる分配計算を行います。第5節では、結果を大きく左右する満期・ボラティリティ・株式価値総額という3つの前提の置き方を整理し、第6節では、参加型のもとでOPMを適用する際に生じる論点と、ハイブリッド法の必要性を検討します。
(本コラムに掲載した設例および数値は、いずれも解説を目的として筆者が作成・試算したものであり、特定の企業を想定したものではありません。)

2. ウォームアップ ― 第1回の設例をOPMで解き直す

2.1 設例とパラメータ

 第1回と同じスタートアップを想定します。普通株式100株、A種優先株式100株(普通株式に1対1で転換可能)、A種優先株式の優先分配額は発行価額相当の300百万円、みなし清算条項に基づく分配は参加型とします。

 ここで、本コラムで繰り返し用いる「参加型」という言葉を確認しておきます。

 優先株式には、会社が清算する場合に普通株式に優先して残余財産の分配を受ける権利が付されます。この優先残余財産分配権には、優先分配額を受け取ったうえでさらに残りの分配にも参加する「参加型」と、優先分配額を受け取るか普通株式に転換するかのいずれか一方を選ぶ「非参加型」があります。

 もっとも、スタートアップが実際に清算に至る場面は多くありません。実務上重要なのはM&Aによる会社の売却です。そこで投資契約や株主間契約では、支配権の移転を伴うM&Aなどを流動化事象(みなし清算事象)と位置付け、これが生じた場合には、その対価を残余財産の分配と同じルールで株主に分配する旨をあらかじめ取り決めます。これが「みなし清算条項」です。

 したがって、本コラムで「参加型」というときは、清算時の残余財産分配だけを意味するものではありません。M&A対価についても、優先株主がまず優先分配額を受け取り、そのうえで残りの分配にも参加するルールが適用されることを意味します。

 第1回との違いは、次の4つのパラメータを加える点だけです。

パラメータ記号   設定値  
株式価値総額(原資産価格)S 1,000百万円
ボラティリティσ60%
満期(想定イグジットまでの期間)T3年
無リスク金利r1.0%

 第1回では、いわば「S=1,000百万円が、いま確実に実現する」と置いていました。σとTを加えるということは、「3年後に実現する株式価値総額が、年率60%の振れ幅を持って分布している」と考え直すことを意味します。

2.2 STEP1:分岐点を特定する

 第2回では、分配ルールが切り替わる株式価値の水準を「ブレークポイント」と呼びました。JICPA研究報告第70号など実務の文献では、これを「分岐点(Break even points)」と呼ぶのが一般的です。以下、本コラムでもこの分岐点という呼び方に統一します。

 本設例では、株式価値総額が0から300百万円までの範囲は全額がA種優先株主への優先分配に充てられます。300百万円を超えた部分は、参加型であるため、普通株式とA種優先株式が転換後(as-converted)の株式数比率100対100、すなわち50%ずつで分け合います。したがって分岐点は0と300百万円の2点です。

2.3 STEP2:各トランシェの帰属者を整理する

[図表1 トランシェと分配の帰属(参加型)]

トランシェ株式価値総額の範囲分配の帰属
トランシェ①0 〜 300百万円全額をA種優先株式(優先分配)
トランシェ②300百万円 超普通株式 50% / A種優先株式 50%

2.4 STEP3:コール・オプション価値を算定する

 次に、各分岐点を行使価格とするコール・オプションの価値を、ブラック・ショールズ・モデルで求めます。行使価格をKとするコール・オプションの価値C(K)は、次の式で与えられます。

  • C(K) = S・N(d₁) − K・e^(−rT)・N(d₂)
  • d₁ = {ln(S/K) + (r + σ²/2)T}/(σ√T)
  • d₂ = d₁ − σ√T

 ここでN(・)は標準正規分布の累積分布関数です。行使価格をゼロとするコールは原資産そのものと等しくなるため、C(0)=S=1,000.00百万円です。行使価格を300百万円として上式に代入すると、d₁=1.7070、d₂=0.6678となり、標準正規分布表からN(d₁)=0.9561、N(d₂)=0.7479が得られます。したがって、

  • C(300) = 1,000×0.9561 − 300×e^(−0.01×3)×0.7479 = 738.36百万円

 各トランシェの価値は、下側の分岐点を行使価格とするコールから、上側の分岐点を行使価格とするコールを差し引いたコール・スプレッドとして求められます。

  • トランシェ①の価値 = C(0) − C(300) = 1,000.00 − 738.36 = 261.64百万円
  • トランシェ②の価値 = C(300) − C(∞) = 738.36 − 0 = 738.36百万円

2.5 STEP4:トランシェ価値を各種類株式へ配分する

 トランシェ①はA種優先株式が全額を、トランシェ②は普通株式とA種優先株式が50%ずつを取得します。

  • A種優先株式 = 261.64 + 738.36 × 50% = 630.82百万円(1株当たり 6.31百万円)
  • 普通株式 = 738.36 × 50% = 369.18百万円(1株当たり 3.69百万円)

 合計は1,000百万円となり、株式価値総額に一致します。同じ会社の株式でありながら、A種優先株式の1株当たり価値は普通株式の約1.7倍です。

2.6 CVMとの差が意味するもの

 ここで、第1回の計算結果と並べてみます。

手法A種優先 合計普通 合計A種優先 1株普通 1株
CVM(第1回)650.00350.006.503.50
OPM(本節)630.82369.186.313.69
差(OPM-CVM)-19.18+19.18-0.19+0.19
(単位:百万円。差はOPMからCVMを差し引いた額。)

 差はわずか0.19百万円ですが、この0.19百万円こそがOPMの存在理由です。

CVMとOPMの違いは、将来の不確実性を評価に織り込むかどうかにあります。CVMは「いま売却する」と決め打ちするため、普通株式は優先分配後の残余を受け取るだけの存在になります。

これに対しOPMは、3年間のあいだに株式価値総額が大きく成長する可能性も評価に織り込みます。普通株式には、この将来のアップサイドに参加できるという時間価値があります。その分だけ、OPMによる普通株式の評価はCVMを上回ります。

3. 参加型と非参加型 ― 1株当たり価値はどこまで変わるか

 第1回では、優先残余財産分配権には参加型と非参加型があり、日本では参加型が、米国では非参加型が一般的であることに触れ、詳細は第3回で扱うとしていました。本節でその違いを数値で確認します。

3.1 非参加型では、優先株主が「選ぶ」

 参加型では、A種優先株主は優先分配額300百万円を受け取ったうえで、さらに残余の分配にも参加します。これに対し非参加型では、A種優先株主は「優先分配額300百万円を受け取る」か「普通株式に転換して転換後の取り分を受け取る」かの、いずれか有利な方を選ぶことになります。

3.2 転換によって生まれる分岐点

 転換後の取り分は株式価値総額の50%ですから、これが300百万円を上回るのは、株式価値総額が600百万円を超える領域です。したがって非参加型では、転換によってこの600百万円が新たな分岐点となり、分岐点は0・300・600百万円の3点に増え、トランシェは3つになります。

[図表2 トランシェと分配の帰属(非参加型)]

トランシェ株式価値総額の範囲分配の帰属
トランシェ①0 〜 300百万円全額をA種優先株式(優先分配)
トランシェ②300 〜 600百万円全額を普通株式(優先分配は300で据え置き)
トランシェ③600百万円 超普通株式 50% / A種優先株式 50%(転換後)

3.3 1株当たり価値の比較

 同じパラメータで非参加型を計算すると、A種優先株式は541.40百万円、普通株式は458.60百万円となります。参考として、CVMおよび優先分配を無視した単純な株数按分の結果も併記します。

[図表3 分配手法・条件別の1株当たり価値の比較]

手法・条件A種優先 合計普通 合計A種優先 1株普通 1株
OPM・参加型630.82369.186.313.69
OPM・非参加型541.40458.605.414.59
(参考)CVM・参加型650.00350.006.503.50
(参考)単純な株数按分500.00500.005.005.00
(単位:百万円。S=1,000、σ=60%、T=3年、r=1.0%。筆者試算)

 参加型か非参加型かという発行条件の違いだけで、普通株式の1株当たり価値は3.69百万円から4.59百万円へ、約24%変わります。タームシートの一行が、創業者が保有する普通株式の価値をこれだけ動かすということです。

3.4 設計思想の違い

 この違いは、優先残余財産分配権を何のための権利と捉えるかという発想の差に由来すると考えられます。米国では、成功したM&Aによるイグジットであれば非参加型でも優先株主は転換請求権を行使してアップサイドを享受できるため、優先権はダウンサイドのリスクヘッジ機能を果たすものと位置付けられます。これに対し日本では、参加型とすることで優先株主により厚い分配を確保する設計が一般的です。

 逆にいえば、非参加型は、成功したM&Aにおける普通株主の取り分を一定程度確保することを通じて、普通株式を保有する創業者が高い企業価値でのイグジットを目指すインセンティブを高める機能を持つことになります。

4. 実例 ― 複数ラウンドを経た資本構成をOPMで解く

 第2節・第3節は、優先株式が1種類だけの単純な設例でした。しかし実務で目にする資本構成はもう少し複雑です。複数回の資金調達を経て優先株式が2種類以上あり、役職員向けの新株予約権(ストックオプション)も発行されているのが通常です。本節では、そうした資本構成を題材にOPMによる分配計算を行います。

4.1 設例:A種・B種の優先株式と新株予約権

 次のスタートアップを想定します。シリーズAの後にシリーズBを実施し、あわせて役職員に新株予約権を付与しています。

[図表4 設例の資本構成]

種類 株式数 払込総額 1株当たり払込額 転換・行使価格
普通株式(創業者等) 500株 - - -
A種優先株式 150株 300百万円 2.0百万円 2.0百万円
B種優先株式 200株 1,000百万円 5.0百万円 5.0百万円
新株予約権 50株 - - 0.5百万円
合計(完全希薄化後) 900株

 みなし清算条項の内容は、日本の実務で一般的な設計に倣い、次のとおりとします。優先残余財産分配は参加型とし、後に発行されたB種優先株式が先に優先分配を受け、次いでA種優先株式が優先分配を受けます。その後の残余は、普通株式および転換後の優先株式が株式数比率で分け合います。優先株式の転換比率はいずれも1対1です。

 評価のパラメータは、株式価値総額(S)3,000百万円、ボラティリティ(σ)65%、満期(T)4年、無リスク金利(r)1.2%と置きます。これらの前提をどのように設定するかは、第5節で改めて検討します。

4.2 分岐点はどこから生まれるのか

 この設例の分岐点を洗い出します。重要なのは、それぞれの分岐点が異なる理由から生まれているという点です。

  • 第1の分岐点:1,000百万円 ― B種優先株式の優先分配額が満たされる水準
  • 第2の分岐点:1,300百万円 ― 続いてA種優先株式の優先分配額300百万円も満たされる水準(1,000百万円+300百万円)
  • 第3の分岐点:1,725百万円 ― 残余分配における1株当たり金額が新株予約権の行使価格0.5百万円に達し、新株予約権がイン・ザ・マネーとなる水準

 第3の分岐点の計算を補足します。優先分配1,300百万円が支払われた後の残余は、普通株式500株、転換後のA種優先株式150株、転換後のB種優先株式200株の合計850株で分け合います。1株当たり0.5百万円に達するために必要な残余は0.5×850=425百万円ですから、分岐点は1,300+425=1,725百万円となります。

 優先分配に由来する分岐点が2つ、新株予約権の行使価格に由来する分岐点が1つ。合計3つの分岐点により、株式価値総額は4つのトランシェに区切られます。

4.3 トランシェと配分割合

[図表5 トランシェごとの分配の帰属]

トランシェ株式価値総額の範囲
(単位:百万円)
B種優先A種優先普通株式新株予約権
①0 〜 1,000100.0%---
②1,000 〜 1,300-100.0%--
③1,300 〜 1,72523.5%17.6%58.8%-
④1,725 超22.2%16.7%55.6%5.6%

 トランシェ③の配分割合は850株を分母とする株式数比率、トランシェ④は新株予約権を含む900株を分母とする株式数比率です。

4.4 各トランシェの価値と計算結果

 各分岐点を行使価格とするコール・オプションの価値をブラック・ショールズ・モデルで求め、コール・スプレッドによって各トランシェの価値を算定します。

[図表6 各トランシェの価値(単位:百万円)]

項目K=0K=1,000K=1,300K=1,725
コール・オプション価値3,000.02,247.72,090.41,901.3
トランシェの価値752.3157.4189.11,901.3

 各トランシェの価値に図表5の配分割合を乗じて合算すると、次の結果が得られます。比較のため、優先分配を無視して完全希薄化後の株式数で単純に按分した場合と、CVMによる場合も併記します。

[図表7 分配計算の結果(1株当たり価値)]

種類株式数OPM 評価額OPM 1株CVM 1株単純な株数按分 1株
B種優先株式200株1,219.36.106.923.36
A種優先株式150株507.63.383.923.36
普通株式500株1,167.52.341.923.36
新株予約権50株105.62.111.422.86
合計900株3,000.0   
(単位:百万円。S=3,000、σ=65%、T=4年、r=1.2%。単純な株数按分は、新株予約権の行使払込金25百万円(行使価格0.5百万円×50株)を加えた3,025百万円を900株で按分し、新株予約権は行使価格控除後の値を示した。筆者試算。端数調整は省略。)

4.5 結果をどう読むか

 第一に、普通株式の1株当たり価値は2.34百万円であり、完全希薄化後の株式数で単純に按分した3.36百万円に対して約30%低い水準です。この差は、優先株主が先取りする1,300百万円の存在によるものです。役職員に付与する新株予約権の行使価額の妥当性や、創業者からの株式移動における価額の検討など、実務上の論点に直結する数字といえます。

 第二に、A種優先株式の1株当たり価値は3.38百万円であり、払込額2.0百万円の約1.7倍です。他方、直近ラウンドであるB種優先株式は6.10百万円で、払込額5.0百万円の約1.2倍にとどまります。早い段階で低い価額で投資した株主ほど含み益が乗っているという、直感に沿った結果が自動的に導かれる点は、OPMの見通しのよさを示しています。

 第三に、単純な株数按分では、すべての種類の株式が一律3.36百万円(新株予約権は行使価格控除後の2.86百万円)となります。これは、優先株主が持つ優先分配権の価値をゼロと評価することと同じです。

 株式価値総額が優先分配額を大きく上回っている局面では、その影響は限定的です。しかし、業績が想定どおりに伸びず、株式価値総額が優先分配額に近づくほど、優先株式の価値は大きく過小評価されることになります。

 したがって、簡便性を理由に単純な株数按分を採用する場合には、その前提が評価目的に照らして許容できるかを慎重に検討する必要があります。

(スタートアップ企業の株式価値評価(第3回・下)に続く)


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